お気楽バツイチの日常

「喜びは1倍心配は1倍」お気楽バツイチ生活の日常

2度の婚姻生活の破綻から学んだ【40歳ぼっちの覚悟】

f:id:ossanzu:20200721081539j:plain

人は別れを決断しても、孤独になることを恐れて躊躇するものです。

「この人と別れたら一生独りかも」

「もう年齢的に次の出会いが無さそう」

「また1から付き合っていくのが面倒くさい」

ぼっちが不安で怖くて、自分を犠牲にしても婚姻生活を持続させようとします。

 

【ぼっちの不安】【自己犠牲】を天秤に掛けて、離婚を決意する人もいるでしょうが、8割以上のカップルは【ぼっちの不安】を選びません。愛は枯れ、破綻していてもです!

 

そう考えると「ぼっちが大丈夫な人」と、「ぼっちがダメな人」が世の中にはいるようです。今回は、その違いについてお話したいと思います。

【ぼっちの不安】の正体は?

お腹が空いて死にそうな時、鶏を食べたことがある人は、鶏を見て「美味しそう」と思います。しかし、鶏を食べたことがない人は食べようとも思いません。

 

家に帰ると、「お帰り」と言ってくれる人がいる生活を、何年も何十年もしている人ほど、別れたあとの「ぼっち」が身に染みます。

待っていてくれる人がいる生活を知っているからです。

 

ずっと「ぼっち」の人は、誰もいない暗い部屋に帰ってもなんとも思いません。

誰か待ていてくれる人がいる安心感や、暖かさを知らないのはある意味で強みですね😭

 

「ぼっちの不安の正体は、知ってしまった鶏の味なんです‼️」

◇朝起きて隣に相手がいる

◇出掛けるとき「いってらっしゃい」と言ってくれる相手がいる

◇帰ってきたとき「おかえり」と言ってくれる相手がいる

◇嬉しいことがあったとき、すぐに話せる相手がいる

◇悲しいことがあったとき、すぐに話せる相手がいる

◇美味しいものを一緒に食べる相手がいる

◇美しい景色を一緒に観る相手がいる

人は、一度手にした安心を簡単には手放せません。たとえその相手を愛してるかどうか分からなくなってしまったとしてもです。

 

婚姻生活とは「滅私奉公」?

結婚している人に聞くと、皆んな口を揃えて言います。

「結婚とは忍耐だ・・・」

「聞き流すことも大事だよ・・・」

「相手を立てることも覚えなきゃ・・・」

🤔

たぶんこういう人は、自己犠牲の上に結婚生活が成り立っているのでしょう。

「そんな結婚生活なら辞めた方が良くない?」そう思ってしまうのは私だけでしょうか?😅

 

半面、こういう人もいます。

「お互いの主張ばかりではなく、妥協点を探すことが大切」

「相手の足りないところを補い合うのが結婚だよ」

「2人で同じ方向を向かなかれば上手くいかないよ」

同じようで同じでないのがお判りでしょうか?

なんか我が身を反省させられてしまうお言葉です😭

 

【何を目的にお互いがどう関わり何を為すのか】

結婚生活ってやっぱり滅私奉公🤣

 

アダルトチルドレンと呼ばれようが、自己中と呼ばれようが、あたしにゃあそんな崇高な行動出来ません🤣🤣🤣

 

誰も口にしない「婚姻生活を持続しなくて良い理由」

はじめに断っておきますが、私自身は離婚推進派ではありません。

むしろ、「一度惚れたら一生添い遂げろ‼️」派です。

 

いや・・・でした😭

 

そうは言っても、なかなか思うように進まないのが結婚生活。思い描いた甘い生活なんて保って3年です🤣

 

破綻した結婚生活に縛られると、不幸になります。

最初に精神が蝕まれ、次に身体に不調をきたします。そして、金銭的にも困窮し出し最後には家庭崩壊が待っています。

破綻チェックポイント

◼️常に相手の存在がストレス

◼️一挙手一投足が気に入らない

◼️自分のことしか考えられなくなる

◼️相手のお金の使い方が気に入らない

◼️一緒に出掛けるのが億劫になる

◼️一緒に寝ても熟睡出来ない

◼️お金以外の相手の行動に無関心

隙間風どころじゃありません🤣

二人でいる孤独に耐えるくらいなら、ぼっちを恐れずひとり身になった方がマシです❗️

 

「結婚とは忍耐だ・・・」

「聞き流すことも大事だよ・・・」

「相手を立てることも覚えなきゃ・・・」

こんな台詞を言い出したら、別れのサイン!話し合いで問題解決の糸口を見出だすか、それが出来ないのであれば、離婚という決断も視野に入れた方が良いかも知れません。

 

禁断の人生論「孤独の耐性が強い人は結婚不要論‼️」

「ぼっちが大丈夫な人」=孤独への耐性が強い人

結婚生活には向きません。

「ぼっちがダメな人」=孤独への耐性が弱い人

結婚生活に向いています。

全ての生き物は、DNAに「子孫を残す」プログラムがインプットされています。

頭で考えなくても、雄は雌を探して交配し、後世に自分の遺伝子を残そうと行動する生き物です。

現代では、その繁殖活動を「恋」だの「愛」だのと呼び、さらには「婚姻生活とは相手を尊重することが大事」、なんて偏重気味な理屈が横行する世の中❗️

まるで婚姻生活を破綻させたひとは、コミュ障かワガママな人間扱いです。

 

ヒトが集団を築いた理由は、「生き残るための手段」です。

決してコミニケーション能力や、協調性が優れていたからではありません。

ヒトが生物的に弱く、集団を形成しなければ生き残れなかったが故の、コミニケーション能力、協調性の発達に過ぎないのです。

 

ところが、ひとりで生きていくことや孤独をなんとも思わない人は、コミュニケーション能力や協調性が発達しません。必要がないから当たり前です🤣

 

そういう人は、生きていく上でのコミュニケーション能力や協調性は、必要な範囲で持ち合わせますが、親の庇護の下、働かなくてもなくても生きていける人は、親以外との社交性は失われるので、他人を必要としません。

 

「ぼっちが大丈夫な人」は、社交性が高い人よりも孤独への耐性があり、結婚などの集団形態をとらなくても、生きてはいける人なのです。

つまり、自分が生きていく上で重要だと感じているコミュニティに於いては、社交性を発揮しますが、不要と感じた途端にコミュニケーションや協調性は蓋を閉じるのです。

その結果、誰とも付き合えず孤独になろうと、元々孤独への耐性が強いので気にしません。

そんな人にとっては、破綻した結婚生活、ひいては結婚生活そのものを続けることに意味はないのです🤣